いずむうびい

テキトーなブログ。

残酷で、荘厳な、いちばん哀しいゴジラ『シン・ゴジラ』

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これまでのゴジラシリーズの変遷と,現代日本の歴史,そして,庵野秀明という映像作家の歩んできた軌跡が神のいたずらのように交差した奇跡の大傑作!!こんな映画が見れるとは夢にも思わなかった!公開初日がたまたま休みだったので複数回鑑賞を敢行.2016年7月29日は,シン・ゴジラを見た日として記憶します.以下,印象的だった場面を思い起こしながら.

 

【さすがに面食らった】

第一報の予告編で何度も目撃していた撮ってないで逃げてと人々がパニックになっているシーン.そのパニックにさせている対象物が,まったく予想だにしない姿をした奇怪な巨大生物だった.こいつが今回の敵?!という混乱にまずは叩き込まれ,どうでもよく『大日本人』(2007)などが頭をちらつき,平常心を保つのがやっと.が,しばらくすると,こいつはあいつなのだと解る.なるほど素晴らしい.今まで相手方ではこの展開を見てきたけど,まさかゴジラでやってくれるとは.そうかゴジラをきちんと作り直すんだゴジラっていう作品にそこまで向き合うんだと感無量ポイントその1.この時点で傑作を確信.

 

【面食らった次は耳を疑う】

会議室のカット割りがエヴァンゲリオンそっくりだったから,庵野秀明の刻印は認識していたけれど,まさかヤシマ作戦のBGMが流れるとは思わなかった.瞬間,劇場の空気が一変したし,何なら笑い声に似た奇声があがっていたよ.エヴァンゲリオンをぜっさん再構築中の庵野秀明は,あまつさえゴジラをも自らのキャンパスで描き直したのだ.それはとても,勇気にいることだと思った.自分の持てるすべてをとにかくゴジラにぶつけようとの気概が感じられる.感無量ポイントその2.ここまで揺さぶられて時計に目をやってもまだ上映時間を半分以上残している事実に興奮高まる.

 

【シン・七光り】

エヴァンゲリオンの主人公・碇シンジは,司令官の息子であることをきっかけに大した経験もなくエヴァンゲリオンパイロットに選ばれてしまったことからアスカから七光りと呼ばれている.

 

シン・ゴジラの主人公・矢口蘭堂(名前かっけー!)もどうやら七光りのようなのだけど,そのキャラクター性は碇シンジとは真逆もいいところ.矢口は,親の七光りだということを臆することなく利用している男だというのだ.自分の道を貫き通す決意があり,その実現のために手段は問わない.庵野秀明の描く主人公がこれほど大胆不敵なキャラクターだとは!長谷川博己の自信に満ち溢れた演技が良かったってのもあるけれど,感無量ポイントその3です.

 

エヴァのリズム】

『序』でマヤが交差点を歩いている場面の雰囲気.あの感じに近いものが2度ほど挿し込まれる.そうかエヴァってこれだったんだーって思った.「フェイズ3」に移行!の場面も構図はエヴァ第1話にそっくり.でも,中身の熱量が違う.329名という総動員キャストながら記号的な存在で終わっている人はいなかった.みんながみんなきちんと感情を持っていてそれぞれ頑張っていたんではないか.「2週間はあまりに短すぎる」とか.いいなーいいなーの連続だったよ.

 

【現実対虚構】

最後に,キャッチコピーにもなっているこの言葉について考えたい.

 

虚構はとうぜん虚構なのだから,本来は創造性に満ち溢れ自由度の高いものだ.けれど,近頃の現実は,ある日突然その創造性を上回り,人々の言葉を奪ってきた.そんな中で,日本が生んだ虚構の化身であるゴジラにどう挑むのか.今この時代でゴジラはどうあるべきか.「現実対虚構」という言葉は,そういったテーマを浮かび上がらせるが,庵野秀明率いるこのチームはやってくれた.虚構は虚構でしかない.いくら現実に追い抜かれようとも,そのたびに,いくら哀しみに打ちひしがれようとも,創造性を発揮することでしか虚構に道はないのだと,そして,その創造性への武装は,自身の中に血のように流れるエヴァンゲリオンでしかないと.強い決意が感じられました.

 

現実に更新された残酷をふたたび虚構で描き直し,象徴的な事象として荘厳にスクリーンに立ちふさがる.しかしながら,傷つけられたからといって攻撃するのではなくて,どこか別の道を見つけ出そうっていう通念の美しさとそれに尽力する人々の姿に胸を打たれた.反対にゴジラは攻撃するしか術を知らない.シリーズ最大の大きさであるにもかかわらず,その選択肢の無さには孤独感が漂い,シリーズでいちばん哀しいゴジラと思いました.そして,その哀しみをつくり出してしまったのは核を生み出してしまった人類の罪(sin)という意味を含んだタイトル:シン・ゴジラなのだと思います.それにしても放射熱線がバージョンアップしていくのさいこー.最初の黒いのは何なんだ.ハイ,庵野秀明カントク,どうかシン・エヴァンゲリオンを完成させるその日が訪れますように.いやでもこのゴジラもやってほしいな.とにかくこれからの庵野秀明がこれからの日本映画がほんとうに楽しみになる今世紀最高の1本でした!

おふたりさま『セトウツミ』

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土居川をさーっと駆けていくオープニングカットからして,どこかへ向かっていく映画なのだろうなーなどとぼんやり思わされていたら,それから川沿いに居座る展開がつづいて「あー、そこに居続けるってのもイイもんだなー」って気付かされて,こんなに幸福な映画って最近あったかなーなんて思っちゃうほど最高に楽しい映画でした.

塾サボろうかなーとつぶやいて居場所の継続が宣言されると安心したり,樫村さんに引き止められてなかなか到着できないとモヤモヤしたり,カレー初日のおかん乱入のとてつもない鬱陶しさだったり,時間・場所を領海侵犯されてしまったと心がざわつくのは,その地点でセト・ウツミの2人の「第◯話」をできるだけ長く多くそして早く見せてほしいと願ってしまっているからで,とにかく一人になりたいセトととにかく一人でいられないウツミの男子の可愛さ全開っぷりにやられました.

そんな2人と三角関係を築く樫村さんが割りとウツミに本気で熱をあげているにもかかわらず,「そこにいるあいだは、大丈夫」と言わんばかりに2人の間に入ってこないのはやっぱり美女の余裕なのだろうか.配慮というべきなのか.いややはり美女の余裕としか思えない.何だったらウツミだけじゃなくセトだってキープみたいなもんでしょう.感情的になっているとはいえ「他の子と一緒にしないで!」なんて勢いよく発することができるのはなかなかになかなかだよ.樫村さん.あまり見たことのない不思議なタイプの女性.

トップ画像にした特報のけん玉シーンはまるまるカットだったけれど結構好きだったなぁ.ウツミの計算なのか天然なのかわからない人間性とそんなウツミを受容しているのか天然なのかわからないセトの人間性がしゅっと収まっていると思う.あー面白かった.

池松壮亮菅田将暉の唯一無二の映画として記憶されるであろー!最高でした!

いずむうびい謹製2016年上半期映画ベスト

清原,舛添,センテンススプリング……激動の2016年も早いものでもうすぐ上半期を過ぎます.映画館で見た本数は51本,うちわけは邦画23本,洋画28本でした.例年より多め.邦画の割合は過去最多かもしれない.

あくまで体感だけども今年は洋画の公開自体が少ない気がする.昨年の下半期は洋画のシリーズもの・超大作の公開ラッシュだったから年が明けてその反動ってのもあるかもだけど,次はどの映画見よーってサイトかアプリ開くと目ぼしいの邦画しかないわーって思うことが多い.そのぶん面白い邦画をたくさん見ているので不満ではないんだけど,この夏のハジけた超大作ってインデペンデンスデイくらいな気がするし,今まで味わったことのない違和感を覚えていることは確か.どうなんでしょうね.さて.


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2016年上半期映画ベストテン

  1. 貞子vs伽耶
  2. ヒメアノ〜ル
  3. WE ARE YOUR FRIENDS ウィー・アー・ユア・フレンズ
  4. アイアムアヒーロー
  5. 残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋-
  6. ボーダーライン
  7. バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生
  8. イット・フォローズ
  9. ヘイトフル・エイト
  10. インサイダーズ/内部者たち
こうなりました.次に注目した監督さん役者さんなどを.上から順にお気に入り順で.


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【監督】

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【助演男優】

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【助演女優】

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【主演女優】

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【主演男優】

以下,鑑賞順に作品を★メモ

  1. イット・フォローズ ★★★★★
  2. ブリッジ・オブ・スパイ ★★★★
  3. ピンクとグレー ★★
  4. クリムゾン・ピーク ★★★
  5. の・ようなもの のようなもの ★★★
  6. 白鯨との闘い ★★★
  7. ザ・ウォーク ★★★★
  8. パディントン ★★
  9. エージェント・ウルトラ ★★★
  10. 残穢【ざんえ】-住んではいけない部屋- ★★★★★
  11. オデッセイ ★★★★
  12. スティーブ・ジョブズ ★★
  13. X-ミッション ★★★
  14. ヘイトフル・エイト ★★★★★
  15. キャロル ★★
  16. 黒崎くんの言いなりになんてならない ★★★
  17. ザ・ブリザード
  18. セーラー服と機関銃-卒業- ★★★
  19. マネー・ショート 華麗なる大逆転 ★★★
  20. 僕だけがいない街
  21. アーロと少年 ★★
  22. インサイダーズ/内部者たち ★★★★
  23. ちはやふる 上の句 ★★★★
  24. バットマンvsスーパーマン ジャスティスの誕生 ★★★★★
  25. のぞきめ ★
  26. ボーダーライン ★★★★★
  27. ミラクル・ニール! ★★
  28. ルーム ★★★★
  29. スポットライト 世紀のスクープ ★★★★
  30. レヴェナント:蘇えりし者 ★★
  31. フィフス・ウェイブ ★★★
  32. アイアムアヒーロー ★★★★★
  33. ズートピア ★★
  34. シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ ★★★
  35. ちはやふる 下の句 ★★★★
  36. テラフォーマーズ
  37. 世界から猫が消えたなら ★★
  38. ヒーローマニア-生活- ★★
  39. エンド・オブ・キングダム ★★★★
  40. オオカミ少女と黒王子 ★★★★
  41. ヒメアノ〜ル ★★★★★
  42. 殿、利息でござる! ★★★
  43. デッドプール ★★★
  44. 高台家の人々 ★★★
  45. 海よりもまだ深く ★★★
  46. マネーモンスター ★★★★
  47. 64-ロクヨン- 前編 ★★★
  48. 64-ロクヨン- 後編 ★★★
  49. 貞子vs伽耶子 ★★★★★
  50. クリーピー 偽りの隣人 ★★
  51. WE ARE YOUR FRIENDS ウィー・アー・ユア・フレンズ ★★★★★

以上.不倫,辞職,覚せい剤……2016年下半期はどうなるのか.せっかくなので100本いっとこうと思う今日この頃なのであった.

コール・マイ・ライフ『WE ARE YOUR FRIENDS ウィー・アー・ユア・フレンズ』

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EDMがErectric Dance Musicの略だと知れて賢くなった気がしました.DJって,音を組み合わせることがメインでどちらかというと言葉を持たない音楽ってイメージなんだけど,この映画のDJには言葉があったなぁ.

いわゆるパリピな人を見ててすごいなぁと思うのが,人目を憚らずクネクネ踊れるところ.もちろん,そりゃあ容姿端麗のなせる技でしょうよとも思うけども,それ以上にパリピな人って心身ともに音楽を浴びてるっていうか.そうそう.「聴いてる」じゃなくて音楽「浴びてる」感じがしたね.シャワーシーンみたいなんだ.エミリー・ラタコウスキーが「勇敢な観客」になるシーンは2016年屈指のシーン.胸元すごい.

映画ってのは,つくづく人間が活写されるもんだなと思った.オープニングで音楽作成ソフトをいじる主人公の背中には「迷い」がひりついている.「ザック・エフロン」以外に人となりなど一切わからない青年の背中に一瞬で感じ取ってしまうそれは現実世界ではなかなかお目にかかれないものだ.「映画」というフィルターを通しているからこそ,青年の背中に注目し,そこに流れる物語を見てしまう.

『WE ARE YOUR FRIENDS ウィー・アー・ユア・フレンズ』は,一人の青年の人生最高の瞬間を目撃する映画だ.

青年が生きてきた23年間のうちのたかだか100分弱の付き合いである観客に「最高」と思わせる説得力.それだけ悩むに悩みきれない焦燥感とそこからのひとときの解放感の高低差が青年の人生を物語ってくれていた.生きざま映ってる映画はやっぱり面白いっすわ.

ソファーでビール飲むとこ.意味もなく合わせてて好きだなー.絵画のアニメーションも鮮やか.開幕が4人横一線のわりには繋がり描写が淡白だったり不慮の事故も唐突なんだけど彼らの人生なんだからイイじゃないと思った.でも,このラストは「夢を掴んだ」ってことなのかな.友人への鎮魂歌的な意味合いもあっただろうから,ひょっとしてこれが最初で最後なんじゃないかな.どちらかというとそうあってほしい気がする.居候に戻ってまたよろしくやってほしいな.

夏が近付いたら思い出す映画がまた1本.思いがけない傑作でありました.

物語の黒沢清化『クリーピー 偽りの隣人』

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『クリーピー 偽りの隣人』感想


主人公・高倉の設定に犯罪心理学を教える大学教授への付け加えで「元・刑事」が備わり,オープニングを使ってどのようなきっかけで元・刑事となってしまったのかが描かれる.わざわざオープニングを使ってである.原作への礼儀とも取れなくもないがオープニングは映画の顔だ.シーン自体は悪くないが設定変更の説明の場として消費しているのは勿体ないように感じた.

結論からいえば,この映画それほど楽しくなかったんだけど,『贖罪』(2012)以降,原作アリの映画化に取り組み始めた黒沢清についての印象はかなり上書きされた.というか,自分の中で黒沢清という映画監督の居場所が確保されたように思う.

あまり事細かに覚えるタチではないので具体的には書けないし今さら声に出して言うことではないのだけど,黒沢清の映画はいつも画面設計が楽しい.カメラの位置・動き,画面の明るさ・奥行き・移ろい,カットの割り振り.すべてが何かを物語っているのではという感覚を味わわせてくれる.

『クリーピー 偽りの隣人』を見る前のボクは黒沢清によるそれを「これぞ映画」などと思っていた.が,この映画を見終えると,どうもそれは少し違っているような気がしたのだ.映画という言葉で片付けているのはいささか盲目的だったのではないかという疑念だ.

「物語」という言葉をきけば,それは主にセリフやキャラクターの行動によって醸成されるものに思う.だが,黒沢清にとっては違うのだ.黒沢清にとっての物語とは,映画というジャンルの持つアイテムすべてを用いて組み立てる「蓄積」なのだ.だから,時に語られるセリフよりも動くカメラが重要視され,キャラクターの身振りよりも落ちる照明がその役目を担う.黒沢清にとっては「これ“が”映画」なのだ.

しかしながら,ボクは映画はそんなに高レベルなものでなくてもいいと思っている.いやいやそれじゃ語弊があるな.正確には,物語によってそれらの装置はある程度のラインであれば十分である場合もあると思う.食材によって食器が異なるということだ.

引っ越し先の隣人家族の父親が実の父親ではなく凶悪犯罪者であった.なぜその家族は犯人を受け入れているのか.そう見えるだけなのか.ではそうなってしまった経緯は何なのか.謎が謎を呼ぶのが原作小説『クリーピー』のプロットだが,この物語にはあの取り調べ室のような明暗も浄化されない風もここではないどこか感も必要ないと思うのだ.それだけが面白くても仕方がない.その面白さよりも取るべき手法があるだろうよと.映画としての上映時間の都合があるから個々を語ることはしなかったとか言ってるけど,そのなかを掻い摘んで限りなく原作に寄せていく,もしくは別の道から同等の到達点へ辿り着くのが原作小説の「映画化」だと思う.これでは単なる「黒沢清化」だ.

……むむ?それ凄くない?黒沢清の卓越した映画術こそが「クリーピー(ゾッとする)」なんじゃない?

いやいやキリがないのでもう書くのをやめる.締めると,黒沢清という映画監督はジャンル映画のひとではなく,小説アニメTVドラマさまざまな物語の手法があるなかで映画の持てるすべてを用いて物語ることを選択した「ジャンル=映画」のひとなのだなと.

だから,黒沢清映画は過去作品の引用で語られることが多いのだなーと思えたのがこの映画からの収穫なのであった.

会いに行けるバケモン『貞子vs伽耶子』

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「会いに行けるアイドル」に需要があるのは,アイドルとは本来会うことができない存在だからだ.会えないからこそ会いたいと潜在的/顕在的に強く求める層がおり,そんなアナタのお悩み解決しますと手招きした結果だ.では,それまで会うことのできなかった存在に会うということはいったいどういうことなのか?果たしてそれが何だというのか?言葉にするならば「偶像が偶像でなくなる瞬間」と思う.


『貞子vs伽耶子』感想

この映画は「変化」の描写が多い.

役所の人が訪問すると「幻影」を見たのちに遺体を「発見」するし,山本美月佐津川愛美の二人は大学の授業でスクリーンに映し出される貞子の情報をしっかりと見ていない.しかしその後2人は大学のスクリーンでは見なかった情報である呪いのビデオを目撃してしまう.反転の変化だ.

いじめられっ子の少年は外では典型的ないじめられっ子だったのが呪いの家に入ったとたん反撃に転ずるのも反転の変化.反転は顕在的なものだが,玉城ティナにしてみれば,引っ越しについて親に「嘘だよ」という嘘をつくのは変化を包み隠す潜在的な変化だ.そうやってこの映画は周到に「変化」を語っている.

貞子と伽耶子は,これまで人間に負けたことがない.呪いの家に入った者を殺す.ビデオを見た者は殺す.一度もしくじったことがない.そんな彼女たちにも感情があるとしたなら,こんなことを考えるのではないだろうか.

「自分はいったい何なのか?」

目的もなければ目標もない.なぜこんなことをしているのかなど忘れてしまった.原理としてただただ自分の憎しみや呪詛に正直にいるだけ.古びた屋敷・古ぼけたビデオの中で何年も漂っている.そんなことを続けていたら疑問のひとつやふたつも生まれよう.はたと気付いて頭をもたげる疑問は,きっとこれだ.

「自分以外にもいるかもしれない」

自分が何なのかはわからないが自分と同じように苦しみ人を呪い続けている比較対象が存在するかもしれない.そう期待することも元人間ならばあると思うのだ.仮にそうだとしたら,次はこう思うだろう.

「そいつに会ってみたい」

森繁先生の想いを頭突きで打ち砕き「この人すごい無駄死にだねー」(※2016年ベストセリフ賞受賞)のお祓いの場面を反転させ,この映画はその願いを叶え,見事ふたつの呪いを邂逅させてしまう.

終盤の描写にもまた変化が用いられている.「よろしくね」と握手をする山本美月×玉城ティナの関係を反転させると貞子×伽耶子のぶつかり合いになる.いっぽうが犠牲になることを選び二手に分かれる行動を反転させれば貞子×伽耶子の二人がなんと……

偶像だった貞子と伽耶子が本来会うはずのなかった相手と対峙することで,とんでもない変化が生みだされる.神様仏様白石様.こんなものを見せてくれて本当にありがとう.期待の斜め上をいく最高の映画でありました.
俊雄くんにもいつか良き相手がきっとくる〜

弱肉狂食『ヒメアノ〜ル』

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安藤さんを見て脳裏をよぎるのは『タクシードライバー』(1976)だが,安藤さんはタクシードライバーにはならない.タクシードライバーのような劇的な幕切れはなく,ただただ膨張しただただ萎んでいく映画だった.今はタクシードライバーっつったら生田佳那だしね.

先輩の頼みで可愛いカフェ店員へリサーチをかけたらその子に好意を寄せられてその理由が「タイプなんです何でも聞いてくれそうだから」なんてものでその告白はつまり私のわがまま許してくれそうと西野カナのトリセツよろしく曝け出しているわけでこのいたずらな可愛さには辛抱たまらんと佐津川愛美にすっかり夢中にさせられるてまでが長いプロローグでその手続きが済むとHIMEANOLEのタイトルバックが挿入され吉田恵輔監督ってこんなことする人なんだと驚かされてから残り10分に至るまでいったいどこへ着地するのかまったく分からない狂騒に圧倒されて走馬灯の如きラストですよ.お見事!

主にやられるのはユカちゃんだけど主要登場人物はみんなイイ.岡田くんとユカちゃんは性格/恋愛に対する姿勢は真逆だが身体的なサイズがほぼ同じ.安藤さんと森田くんは見た目こそ違えど危うい中身が似ている.彼らは同じ穴のむじなというわけだ.

そんなキャラクター造型に関わることとして序盤にいくつかの質問が登場する.「仕事終わったあと何してんすか?」「彼氏はいるんですか?」「今は何してるの?」.日常生活でもよく遭遇するこの質問が象るのは,彼らのキャラクター性にそれ以外に特徴がないということだ.共通項として彼らは全員が「無趣味」でただただ生を浪費する毎日を送っている.これだけ多様化された世の中で「無趣味」を選んでしまうのは不幸なことだ.しかし興味を持てないのだから仕方がない.何かに興味を持つことができない反面何者かになりたい欲求ばかりが肥大していく.

そのスパイラルに無理矢理落とされたのが森田くんだが,彼の行う自慰行為は彼を快楽殺人者たらしめるだけでなく途方もない虚しさを伴っていた.いじめという名の暴力によって自慰行為を強制させられ,孤独という名の不幸から自慰行為ばかりしていたらそれだけに達者になってそのツボだけが歪になっていったということなのだとアノ顔を見て思った.近年まれに見る虚しい描写であり史上最凶の死んだ目だ.

行為に及ぶ2人へのクロスカット.生と死の快楽のコントラスト.佐津川愛美の代わりの脱ぎ要員.警察の貧弱さinジャパン.タクシードライバーにはなれない.ひたすらに過酷な現実を生きる,生きながら着実に死ぬ若者たちの映画でした.吉田恵輔監督の最高傑作と思います!