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いずむうびい

テキトーなブログ。

選ばれし者ではなく自ら選んだ者たち『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』

感想パート2
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2D字幕吹替と2回見て感想かたまったので更新.エピソードⅣのオープニングクロールにあった「犠牲」とはどんなものがあったのか.犠牲を払うとはどういうことなのか.そもそも何のために払うのか.そしてその答えはいったいどのようなものなのかといった物語の映画でした.

 

◯「希望」とは?

将来こうあってほしいと望むことを希望というがローグワンが偉いのは何故希望が必要なのか?を描いているところ.それはキャシアンによって語られる.「今まで大義名分のためにこの手を汚してきた。今ここで信じることをやめてしまったらその全てが無駄になる。」.希望というものは「信じることをやめないために必要なもの」なのだ.信じることをやめてしまったらそこで物語は終わる.諦めたらそこで試合終了ですよと相場は決まっているのだ.オリジナル3部作を思い返そう.あの物語が大団円を迎えられたのは「ルーク・スカイウォーカーが父を信じたから」ではないか.ダース・ベイダーとなり恐怖の存在になっていたとしてもアナキン・スカイウォーカーであったときに持っていた善の心を失ってはいないハズだと.父を殺すことはできない・自分の代わりにレイアを暗黒面に差し出すこともできないという恐怖を乗り越えて,父を信じることができたからこそルークは皇帝に勝つことができた.その信じることに必要な希望のともしびはどのように点火したのか?を『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』は描いてくれるのだ.偉い.偉すぎる.

 

◯“選ばれし者”ではなく“自ら選んだ者”たち

ローグワンのキャラクターは何を希望にして信じることをやめないでいるか.または何に絶望して信じることをやめてしまっているのか.ほとんどの登場人物がこの二面性でもって描かれている.冒頭,ゲイレン・アーソをさらいにきた帝国軍に銃を向けるゲイレンの妻ライラ.彼女の最後のひとこと「うまくいくわけない」とはきっとゲイレンが事前に伝えていたであろう「もしもの時のため」の手段のことだ.その詳細は描かれないがライラは最後の最後でゲイレンのことを信じることができず凶弾に倒れてしまう.

 

ソウ・ゲレラも同様だ.ジン・アーソを実の娘のように匿い育ててきたが彼女が帝国軍の人間を父に持つと分かった途端に彼女を人質にしようという反乱同盟軍の意向に納得いかなかった.そこには彼があのように疑心暗鬼になるのに十分な裏切りと失望があったはずだ.ゲイレン・アーソが死にものぐるいで託したメッセージを信じ切ることができず怪物にその判断を委ねてしまうし,長年待ち焦がれていた瞬間であろうジン・アーソとの再会にも罠かもしれないと警戒してしまう.ソウ・ゲレラもまた信じることをやめてしまった者なのだ.ソウ・ゲレラ及びジェダはデス・スター最初の標的となり消滅する.しかしこの死は「ジェダのために!」と戦地へ赴く者たちへ確かに紡がれている.ライラとソウ二人の死を経てジンは最後の希望を持ってゲイレンに会いに行き,その希望を信じる決意をする.ジンをはじめとするローグワンの仲間たちとはフォースに導かれし選ばれし者ではなく,最後の希望を捨てずに自らの意志で信じることを選んだ者たちなのだ.

 

クレリック長官が好き!

森羅万象を司るものとしてフォースを信じるチアルート.そのチアルートを信じるベイズ.託されたファーストメッセージの重みに耐えながらゲイレンを信じるボーディー.失敗する確率や悪いことの起きる確率ばかりを強調しながら逆のことばかり起きる現実に人間の可能性を感じ始めるK-2SO.自らの存在意義をもう一度信じるためにジンに希望を託したキャシアン.そして彼らと出会う前は名前さえ変えて自分自身のことを信じきれないでいたジン.ローグワンの面々はみんな魅力的だったがボクは今回クレリック長官がいちばん好きだった.中間管理職的な立場で成功すれば上の手柄で失敗すれば全責任が自分にくる.なんという損な役回りだろう.内部事情的な方面からターキン提督ってワルだな!ベイダー卿ってほんとにコワい!皇帝はサイアクだ!なんてことを思わされて意外性バツグンだった.彼の送るデススターへの眼差しもまた希望を失ってしまった者の悲壮感があって映画に華を添えていたのである.

 

以上.年内に行けたらもう一回くらいは見ておこう.字幕より吹替のほうが楽しめた気がするけど映画館でしか見る機会のない3Dに次は赴くよ.フォースと共にあらんことを.