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いずむうびい

テキトーなブログ。

2016年怪幕の朗報!『イット・フォローズ』

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2016年の映画始め.いやー1本目からすごいもん見せてもらえた!大豊作だった去年見ていても確実にベストテンに選んでましたね.カメラの動きでドキドキしたりカットの切り替わりで目を見開いたりするのはやはりこんなにも楽しいものなのだと再認識しました.素晴らしい!


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オープニング.アニーと名のついた1人の女性のおよそ3分ほどの描写で,実に端的に映画を描いてくれている.この3分にある行動や心理状態がこの映画の登場人物のベースなのだ.秀逸と思った.

基本的に説明という説明がなされないので,それについて「なに?」とか「なぜ?」を投げかけるのは無粋な気もするけれど,1度見たきりの感想をそれはそれとして書きとめておきたいので,以下,少し考えてみようと思う.


◆「それ」のおぞましさ.
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もちろん捕まったら死ぬわけだから「おそろしい」と思う存在なのだけど,つけてくる奴らを見ていておぼえた感覚は「おぞましさ」だった.

まず,彼らの特徴として,素っ裸だったり部屋着だったり病衣のようなものだったり,おおむね「室内」の格好をしていたというのがあると思う.なおかつ感染者の身近な存在であり,もっというと家族の姿をしていることがほとんどだ.そのことから「それ」とは,感染者の記憶にまつわる何かであることは分かる.

それらの一体何がおぞましいのか?それは「セックスを媒介にした感染」とすることで「家族と性」というもっとも掛け合わせたくない配合がなされているからじゃないだろうか.自分という存在は父親と母親のセックスによって生まれた.これは上書きされることのない事実だが,できることなら深く向き合いたくないものだ.ある時点から家族と性は切り離すことにして,次第に考えもしないようになる.どんな姿をしてるんだときかれても「言いたくない」とジェイは言った.見たくないし考えたくもない.そうやって“上書きして消したつもりでいた事象が滲み出るように延々とつけ回してくる不快感”が「それ」の持つおぞましさの正体ではないかと思う.

 
◆その他,好きだったところを羅列.
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多くの人が立ち寄り去っていったデトロイトの「事後」感あふれる廃虚っぷり,時代設定の不明瞭さ,地響きとシンセサイザーでやたら煽ってくる音楽,学校で名前調べてるときもしれーっと追いかけてきてたり,辿りついた庭での密会や砂浜で一眠りにある学生風味などなど,すべてのセンスが素晴らしかったが,主に心地よかったポイントは「登場人物が不用意に感情を言葉にしないこと」と「時間経過の描き方」だ.

お姉ちゃん優しいからねとポールがいうと妹ケリーは一瞬顔を強ばらせる.あのときケリーは何を考えていたのか.ヤラのどうも本腰の入っていない感じはなんだ.償いだの言い始めるグレッグはどうした.なんだ君たちいったい何があったというんだ.「事態の切迫」により,登場人物の関係や出自に解を求めてしまう感覚に半強制的に持っていかれてこれが最高に楽しかった.どいつもこいつもいい具合に喋りゃしねぇ.

奴らは必ず歩きだから車で時間を稼ぐ.それがもたらす「油断」という致命的なロス.その時間経過によって,いわゆる志村うしろー!をこんなにも自然に描いてくれた映画は見たことがない!いざ奴らが現れても見える人にしか見えないし,見える人はどんな姿なのか言いたくもない.鉄壁.無理ゲー.面白すぎて降参です.

というわけで,2016年の映画始めに選んだ『イット・フォローズ』は確実に年間ベストに入ってくるし,もしこれが入らないようならことしも大豊作になる朗報といえるド怪作でした.もう最高〜!